私は中学、高校共に地元の公立校だったのですが私の通っていた中学は当時 1学級45人の13クラスで中3の時は県外最大のマンモス校でした
ですからアメリカなどの少人数のクラスに対しても憧れていましたし、やたら凄いスピードで進めて行く授業にも不満でした
娘が芦屋国際中等教育学校に入学し、娘から学校の様子などを聞くにつけ、クラスの人数が多い以外は、かなり私の憧れていた学校生活に近いもので、今の時代に生まれていたらなぁ、、、といつも羨ましく思います
あまり規則で縛らず、生徒自身の自主性や責任感に任せる校風は、素晴らしいと感じます
日本のテレビ番組では、学校のシーンでは必ずと言ってよいほど流れる♪ キンコンカンコン と流れるチャイムが鳴らないという特色も、校歌の3番が英語というのも私には新鮮です
まぁ、受験には何の関係も無い私の話を書いてしまい、申し訳ありません
さぁ 明日は芦屋国際中等教育学校の入学説明会ですね!
初めて学校の敷地に入る方も多いかと
疑問な点は納得出来るまで聞いて帰りましょう!
このブログは、私の娘が今年 芦屋国際中等教育 を受験し、何とか無事に入れたのですが、昨年受験準備の為に この学校のことをネットで調べてみたのですが、知りたい情報がなかなか見付からず悪戦苦闘したので、受験されるお子さんをお持ち方に、少しでも参考になればと思い、忘れてしまわない内に書き残しておこうかなと思い書き始めました コメントは書き込み制限をしておりませんので、お気軽に何か書き残して頂けると嬉しいです なお、プライバシー保護のためにブログ中の個人名などは伏字とさせて頂きますのでご了承くださいますようお願い致します
2016年10月7日金曜日
2016年10月6日木曜日
私の憧れの学校生活 その2
現実の生活の慌ただしさに、いつしか海外へ移民する夢は頭の片隅へと追いやられて忙しく暮らしていた1976年のある日、本屋で衝撃的な雑誌を見付けました
「ポパイ」創刊号です
その雑誌には、まぶしい位のカリフォルニアの活き活きとした人々の姿で、公園でインラインスケートで走っている若者や、海でサーフィンしている人々、アメリカのキャンパスライフなど、当時の私は たちまちにしてその魅力にハマリました
それまでの私の持っていたアメリカのイメージは、やはりニューヨークの高層ビル街や、荒涼とした西部劇に出て来るような景色などでした
それがロサンゼルスを中心とした西海岸の若者文化はキラキラと耀いており、実に楽しそうに見えました
アジア系、メキシコ系などの人々も多そうで、そんな所の学校に通いたいと思いはつのるものの、当時はまだ1ドル=360円の固定レートの頃で、とても私には個人留学など出来ませんでした
神戸にもインターナショナルスクールは有りましたが、それは外国人か帰国子女だけが入れる学校と思い込んでいましたし、仮に日本人でも入れるとしても、我が家の経済状態ではとても行かせてもらえる場所ではなかったです
「ポパイ」創刊号です
その雑誌には、まぶしい位のカリフォルニアの活き活きとした人々の姿で、公園でインラインスケートで走っている若者や、海でサーフィンしている人々、アメリカのキャンパスライフなど、当時の私は たちまちにしてその魅力にハマリました
それまでの私の持っていたアメリカのイメージは、やはりニューヨークの高層ビル街や、荒涼とした西部劇に出て来るような景色などでした
それがロサンゼルスを中心とした西海岸の若者文化はキラキラと耀いており、実に楽しそうに見えました
アジア系、メキシコ系などの人々も多そうで、そんな所の学校に通いたいと思いはつのるものの、当時はまだ1ドル=360円の固定レートの頃で、とても私には個人留学など出来ませんでした
神戸にもインターナショナルスクールは有りましたが、それは外国人か帰国子女だけが入れる学校と思い込んでいましたし、仮に日本人でも入れるとしても、我が家の経済状態ではとても行かせてもらえる場所ではなかったです
私の 憧れの学校生活 その1
その昔、そう1970年に開かれた大阪万博のころがキッカケではないかと思いますが、それまでの日本人の海外に対する見方、考え方が一変したように思います
それまではテレビの海外取材番組といえば、「兼高かおる 世界の旅」くらいで、英語のゲストが出る番組の通訳には鳥飼久美子さんやほんの数人の英語に堪能な方が出演するのが相場でした
しかし、大阪万博で外国人コンパニオンを間近に見て、中には会話された方もおられたと思いますが、海外がグンと身近に感じられ、テレビでも兼ね高かおる 世界の旅 のように、色々な国の豪族、貴族、政府高官などの生活や祭りなどの取材ではなく、レポーターと呼ばれる一般視聴者に近い人々による、ごく一般的な街の暮らしなどが紹介され始めました
そんな番組を見て当時の私は、オーストラリアに移民したいと考えるようになり、色々調べたのですが、当時はまだオーストラリアに白豪主義が有り、有色人種に対する偏見もかなり残っているとかで、諦めてそれならばとニュージーランドにターゲットを変えました
しかし、、、、
当時の一般的な日本人のニュージーランドに対する認知度は非常に低く、羊が多い国で、オーストラリア近くの島国 程度の知識の人がほとんどでした
当時アチコチの本屋でニュージーランドに関する本を探し回ったのですが、観光旅行のガイドブックが数冊有る程度で、唯一「アサヒグラフ」の一冊でニュージーランド特集が取り上げられて、写真が数ページ載っていた程度でした
今のようにワーキングホリデーや個人留学のシステムが当時に有れば、絶対に行っていたと思います
それまではテレビの海外取材番組といえば、「兼高かおる 世界の旅」くらいで、英語のゲストが出る番組の通訳には鳥飼久美子さんやほんの数人の英語に堪能な方が出演するのが相場でした
しかし、大阪万博で外国人コンパニオンを間近に見て、中には会話された方もおられたと思いますが、海外がグンと身近に感じられ、テレビでも兼ね高かおる 世界の旅 のように、色々な国の豪族、貴族、政府高官などの生活や祭りなどの取材ではなく、レポーターと呼ばれる一般視聴者に近い人々による、ごく一般的な街の暮らしなどが紹介され始めました
そんな番組を見て当時の私は、オーストラリアに移民したいと考えるようになり、色々調べたのですが、当時はまだオーストラリアに白豪主義が有り、有色人種に対する偏見もかなり残っているとかで、諦めてそれならばとニュージーランドにターゲットを変えました
しかし、、、、
当時の一般的な日本人のニュージーランドに対する認知度は非常に低く、羊が多い国で、オーストラリア近くの島国 程度の知識の人がほとんどでした
当時アチコチの本屋でニュージーランドに関する本を探し回ったのですが、観光旅行のガイドブックが数冊有る程度で、唯一「アサヒグラフ」の一冊でニュージーランド特集が取り上げられて、写真が数ページ載っていた程度でした
今のようにワーキングホリデーや個人留学のシステムが当時に有れば、絶対に行っていたと思います
私の身の回りの帰国子女達の場合
私の姉の子供達3人は、父親の仕事の都合で2年間アメリカで暮らし帰国しました
3人の内訳は、確か長女が小学5年生、長男は3年生、次男が1年生位ではなかったかと思います
長女は結構早くに英語に慣れ、直ぐに友達とも英語で会話出来るようになり、帰国した中学1年の時点で英検2級程度の英語力になっていて、その後も英語は好きだったようで普通の中学、高校と進みましたが、大学受験前の全国模試では全国トップの成績を取っていました
長男は長女ほどではありませんが、彼も比較的早く現地の生活に馴染み、英語も徐々に話せるようになだたとか
次男は、渡米時点では小さかったためか、なかなか英語に馴染めなかったらしく、半年間くらい全く英語を話さなかったのですが、ある日突然話だし、そこからは加速度的に英語に慣れ、帰国前の頃には家庭内でも英語が多く使われ、兄弟喧嘩も英語でしていた程で、帰国してからの学校生活を心配して、姉は子供達に日本語で話すように注意していたそうです
しかし、そんな長男、次男ですが、帰国して普通の地元小学校に転入した途端に英語は封印してしまい、ほとんど忘れてしまったようでした
そのバックグランドには、学校生活でつい英語が出てしまった時にクラスの子達にからかわれたようで、日本語もやはり2年間のブランクが有るのでそのあたりもからかわれる原因となったようです
これはほんの一例に過ぎないので全てに当てはまるわけでは当然ありませんが、海外生活の時期と帰国時期は、子供達にとっては大人が思う以上にそれからの進路に影響すると思います
3人の内訳は、確か長女が小学5年生、長男は3年生、次男が1年生位ではなかったかと思います
長女は結構早くに英語に慣れ、直ぐに友達とも英語で会話出来るようになり、帰国した中学1年の時点で英検2級程度の英語力になっていて、その後も英語は好きだったようで普通の中学、高校と進みましたが、大学受験前の全国模試では全国トップの成績を取っていました
長男は長女ほどではありませんが、彼も比較的早く現地の生活に馴染み、英語も徐々に話せるようになだたとか
次男は、渡米時点では小さかったためか、なかなか英語に馴染めなかったらしく、半年間くらい全く英語を話さなかったのですが、ある日突然話だし、そこからは加速度的に英語に慣れ、帰国前の頃には家庭内でも英語が多く使われ、兄弟喧嘩も英語でしていた程で、帰国してからの学校生活を心配して、姉は子供達に日本語で話すように注意していたそうです
しかし、そんな長男、次男ですが、帰国して普通の地元小学校に転入した途端に英語は封印してしまい、ほとんど忘れてしまったようでした
そのバックグランドには、学校生活でつい英語が出てしまった時にクラスの子達にからかわれたようで、日本語もやはり2年間のブランクが有るのでそのあたりもからかわれる原因となったようです
これはほんの一例に過ぎないので全てに当てはまるわけでは当然ありませんが、海外生活の時期と帰国時期は、子供達にとっては大人が思う以上にそれからの進路に影響すると思います
2016年10月5日水曜日
あえて 入学前にさせなかったこと
以前に 「入試前の一年間にさせたこと」というタイトルで書きましたが、入試というより入学まであえてさせなかった事が有ります
それは英語の学習です
えっ、インターナショナル受けるのに!?
と思う方もおられると思います、というかほとんどの方がそう思われるのではないかと思います
妻は娘がまだ小さい頃から英語を習わせたいと、言っていましたが、その度に妻を説得して習わせませんでした
理由は 「日本語もしっかり判らない頃から英語を習わせると、どちらも中途半端になるのではないか?」というのが最大の理由ですが他にも
海外などの完全な英語環境の中で生活して英語に触れるというのなら良いと思いますが、幼児期に習っても中途半端に終わってしまうと、中学で習う時にかえって混乱して英語嫌いになってしまわないか?とも思いますし、最近は小学校でも英語の授業が有りますが、他所で習ったネイティブの発音を小学校ですると、からかわれたりイジメのターゲットにされたりということも心配でした
事実、ウチの娘も妻から教えられた英語の発音だと 「皆の日本語的な発音と差が有り、からかわれると嫌だからワザと日本語発音に変えてる」と言っていました
時代が違うから一緒には出来ませんが、私が中学生の時も帰国子女の子がネイティブの発音でからかわれていました
高校くらいになると逆に羨ましがられてましたけどね
そんなことで英語が嫌いになったら勿体ないです
幼児期の言語学習を否定する気は有りませんので誤解の無いようにお願い致します
それは英語の学習です
えっ、インターナショナル受けるのに!?
と思う方もおられると思います、というかほとんどの方がそう思われるのではないかと思います
妻は娘がまだ小さい頃から英語を習わせたいと、言っていましたが、その度に妻を説得して習わせませんでした
理由は 「日本語もしっかり判らない頃から英語を習わせると、どちらも中途半端になるのではないか?」というのが最大の理由ですが他にも
海外などの完全な英語環境の中で生活して英語に触れるというのなら良いと思いますが、幼児期に習っても中途半端に終わってしまうと、中学で習う時にかえって混乱して英語嫌いになってしまわないか?とも思いますし、最近は小学校でも英語の授業が有りますが、他所で習ったネイティブの発音を小学校ですると、からかわれたりイジメのターゲットにされたりということも心配でした
事実、ウチの娘も妻から教えられた英語の発音だと 「皆の日本語的な発音と差が有り、からかわれると嫌だからワザと日本語発音に変えてる」と言っていました
時代が違うから一緒には出来ませんが、私が中学生の時も帰国子女の子がネイティブの発音でからかわれていました
高校くらいになると逆に羨ましがられてましたけどね
そんなことで英語が嫌いになったら勿体ないです
幼児期の言語学習を否定する気は有りませんので誤解の無いようにお願い致します
2016年10月4日火曜日
親の語学力は?
お子さんをインターナショナルスクールに通わせようと思っておられる日本人のご両親の多くは留学や駐在などで海外生活の経験のある方だと思うので、ほとんどの方が英語がお出来になるのだろうと想像します
中には家庭内ではお子様とも英語で生活しておられるという御家庭も有るとか、、、
私は昔、アフリカの国々でしばらく働いていたのですが、基本的にどこの国でも現地語を使うことも多かったので、英語はほとんど出来ません
(´×ω×`)
まぁ先にも書いたように、学校からの連絡文書は日本語の物を下さるので英語が出来なくても何ら困ることは無いのですが、PTAの集まりなどで外国人の御父兄に会った時など、やはり少しは出来た方が会話しやすいかなと思ったりもします
相手が英語を話されるかどうかは判らないですけどね
中には家庭内ではお子様とも英語で生活しておられるという御家庭も有るとか、、、
私は昔、アフリカの国々でしばらく働いていたのですが、基本的にどこの国でも現地語を使うことも多かったので、英語はほとんど出来ません
(´×ω×`)
まぁ先にも書いたように、学校からの連絡文書は日本語の物を下さるので英語が出来なくても何ら困ることは無いのですが、PTAの集まりなどで外国人の御父兄に会った時など、やはり少しは出来た方が会話しやすいかなと思ったりもします
相手が英語を話されるかどうかは判らないですけどね
まぁ当然と言えばそうなんだけど、、、
私は昨年の説明会には参加しなかったのでその時のことはハッキリとは判らないですが、ほとんどの学校で行われる保護者に対する説明やアナウンスは、日本語、英語、中国語の3通りで行われているようです
生徒がもらって帰ってくる保護者宛の印刷物も、ウチの場合は、日本語の物と英語の物を持って帰って来ます(妻は日本語がほとんど読めないので英語のプリントは妻用です)
先日の運動会のプログラムも全く同じデザインの英語バージョンと日本語バージョンを持って帰ってので、なるほどー!と思ってしまいました
生徒間ではほとんど日本語だし、授業も日本語で行われているのですがね
生徒がもらって帰ってくる保護者宛の印刷物も、ウチの場合は、日本語の物と英語の物を持って帰って来ます(妻は日本語がほとんど読めないので英語のプリントは妻用です)
先日の運動会のプログラムも全く同じデザインの英語バージョンと日本語バージョンを持って帰ってので、なるほどー!と思ってしまいました
生徒間ではほとんど日本語だし、授業も日本語で行われているのですがね
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